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[REVIEW]ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q

エヴァ

エヴァについては「にわか」同然ですが、『ヱヴァQ』個人的には面白かったです。

以下、ネタバレ含みます。誤解した所があるかもしれませんが、独りよがりなレビューをご容赦下さい^^;
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『ヱヴァ破』から14年経った世界になっていて、今までと全く違った印象でした。

驚いたのが、サードインパクトと呼ばれる「破局」が既に起こってしまっていること。世界はほぼ壊滅していて、『Q』には全く登場しないメインキャラも結構います。(ついでに、巨神兵はあからさまな「破局」そのものですね・・・)

「なんかもはやエヴァって感じしないなあ・・・」というのが率直な感想。
旧劇ではラストにサードインパクトが起こってその後「気持ち悪い」で終劇、というおぼろげな記憶なんですけど、それとは全く別のラストに向かって無理やり突き動かしてるような、エヴァが素材だけど『破』以前とはほぼ断絶したシナリオで行ってるような。

さらに「エヴァって思えない」ポイントがもう一つあって、それはシンジ君の母親の「事故」やレイの誕生の経緯等についてハッキリと語られる場面があったことです。正直「そこは伏せとくトコじゃないの?」と。明確にせずうっすら分かるかどうかの謎にしといて、色々憶測を呼ぶのが「らしさ」じゃないの?と勝手に思ってたんですけど、あまりにハッキリ語られちゃって拍子抜けした気持ちです。

『破』までのヱヴァと今回の『Q』との間にどうしても感じてしまう断絶。

ここでちょっと唐突な話ですが、『Q』を観ていてふと思い浮かんだのが、園子温監督の映画『ヒミズ』です。だいぶ乱暴な連想なのですが^^;。

厳密に言うと、思い浮かんだのはこのインタビューです→「希望に負けた」という気持ちで 『ヒミズ』園子温インタビュー

インタビューでは、監督が『ヒミズ』で映画を作ろうと思った時、最初「2001年の若者のリアルを描く」つもりで始めたが、震災が起こってから「2011年の若者のリアルをやろう。震災を盛り込まないといけない」と考えたと言っています。

当初作ろうとした作品が、世の中をガラリと変えるような衝撃的な大事件に強く影響され、当初のカラーを残しつつも全く別の到達点に達する。それが映画『ヒミズ』だった、ということのようです。

そんなことに思い至ると、実は同じようなことが『ヱヴァ』にも起こったんじゃないか、という風に連想が広がってしまいました(単なる妄想かもしれませんが)。

『ヱヴァ』においても、どうしても震災を見過ごすことはできなかった。それで全く違った形の『ヱヴァ』になってしまった。(ただし『ヒミズ』とは全然違う影響の受け方。)

そう思うと、どうしても震災と結び付けて『Q』を観てしまいました。

ネルフとヴィレ=反ネルフとの激しい対立。
破局後の変り果てた世界と、同じく別人のように疎遠になってしまったかつての仲間。
思想の対立は一層先鋭化し、もはや「わかり合う」など不可能なほどの深刻な分断。
そして、そんな破局的な状況から現実逃避する主人公。

しかしシンジ君とは対照的に、反ネルフの面々は絶望的な世界の中でも(いや、そんな世界だからこそ)非常にアクティブです。もうホント、今までにないくらいに。
ミサトさんはネルフを全否定、ひたすらぶっ潰そうとする強硬派。
リツコ博士は、旧劇では鬱屈しながらも愛していたオトコのことも、一切吹っ切ったかのよう。
そして、かつてのネルフ構成員とともにヴンダーを操縦する新キャラは、ギャル(?)からオッサンまで、幅広い世代が反ネルフを掲げて、一丸となって命を懸けて戦っている・・・(まあ、単に『ナディア』の復刻だというのが正解なのでしょうか?)

かつて各自が持っていた苦悩やら何やらはもう関係ない、だってとにかく生きるために戦わなきゃマジで死ぬし、立ち止まってるわけには行かねーんだよガキシンジ。そんな感じ。

反対に、シンジ君はもう同情したくなるくらいに罪深いキャラを背負わされてます。
14年経った世界で目覚めてみると、まず周囲からの意味不明な疎外感と強烈な拒絶意識を感じさせられる。
皆が己に不信の目を向け、ともすれば「生きてるだけで迷惑」とさえ言われかねない存在の否定。
その状況を全く呑み込めずただ怖くて思考をいったん放棄、ひたすら14年前の過去と「友達」にしがみつく。
そして、少し時間が経ってやっと現実を恐る恐る知り始めると、なんと世界を滅亡させたのは自分のせいだと発覚。
さらには、その罪悪感に耐え切れず(レイを助けたという正当化の根拠さえ奪われて・・・)カヲル君とまたヱヴァに乗ったら、己にとっての最後の救いだったはずの「世界を救う」行動がまたしても「破局」を導いてしまう、という非常に残酷なシナリオ。

最後は廃人のようになってしまうのも、まあ無理ないよねと・・・。

でもまあ、こういうのは全て、震災後に生きる我々の姿の「隠喩」にも、見ようによっては見える。ただここまで割り切った観点でみると、何だか全部パロディなんじゃないかとも思いました個人的に。戦艦ヴンダーも破壊し尽くされたネルフ本部も、何だか全て奇妙に滑稽な気がして・・・

シンジ君の母親の「事故」やら何やらをネタばらししてしまうのも、「破局後」を何としても描きたいと考えるが為に、『破』までのシナリオなんか興味も失くしてしまった現れでは、と感じます(そこまで捨て去ってホントにいいの?とは思いますが)。

サードインパクトは、「破局」であるとともに「救い」(補完計画の一部)のようにも捉えられてるらしいのですが(リンク参照)、それを前提にすると各劇場版はそれぞれ次のようなイメージ。
旧劇は、破局=救済で誰かが救われると思いきや、そんな何かにすがって救われるワケねーだろお前キモい、という宣告。
他方で『Q』は既に破局を迎えた、今や心の弱いイチ個人の事どうこう言うような「余裕」はねえよ、それよりも何を犠牲にしてでも目の前の破局をくい止めるために、ただ生きるために戦うしかねえんだよ。

ただそんな「切り捨て」では終わらずに、ラスト等ところどころに「血の通った感」があったところ、よかったんじゃないでしょうか。

・・・ええ、そんで「これってエヴァなんでしょうか?」というのが全体的な印象です。でもそんなに詳しいわけでもありませんで、「らしくない」からこそ自分にとっては面白かったです。すごく「今」って感じで。

以上、こんなに長々書いてしまったのは映画好きゆえです。(エヴァ好きなんて畏れ多くて言えません)


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  1. 2012/11/24(土) 09:37:07|
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