「FP弁護士」を目指す無職のブログ

法&ファイナンスで独立のライフサポートを行う「FP(ファイナンシャルプランナー)弁護士」を目指しています。

【人生でやりたいこと】(ブログ趣旨)

現時点の、これからやって行きたい仕事・実現したい志です。自己紹介の一環として。(カンタンな経歴は左記プロフご覧下さい。)
主に下記のテーマでブログを書きたいと思ってます。こんなことに興味のある方・何となく気になる方は、ブログ左側のTwitter、メールフォーム等でメッセージお待ちしてま~す。

  1. 1.お客様の現在から老後までの生活を戦略的に考える【ファイナンシャルプランナー業・個人向け】
  2. 2.お客様のあらゆるトラブルを上手に予防・解決する【弁護士業(予定)・個人向け】
  3. 3.民主主義の「アップデート版」をつくる【趣味・社会全体】
[空白スペース]

※ これだけでは意味が分からないので、ちょっとずつ詳しくする予定です…。

[空白スペース]

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

[REVIEW]ボクたちの交換日記(試写会)


VALUE:★★★★☆
★★★★★:最高の一作=後世に残すべき
★★★★☆:スゴイ=目からウロコ
★★★☆☆:良い=一見の価値あり
★★☆☆☆:無価値=中身無し
★☆☆☆☆:有害=二度と映画を作らないでほしい

たまたま試写会に行ったら、とっても心を打たれたのでメモ。(レビューといっても、映画自体からはだいぶ離れた感想です^^;)

これからは「お笑い芸人」がみんなのお手本

『ボクたちの交換日記』は、売れてないお笑い芸人の映画。「お笑いで日本一になるサクセス・ストーリー」みたいな、そこらのよくある話では終わりません。なんせ原作:鈴木おさむ監督・脚本:内村光良と、本物の「お笑い」関係者のお二人が本気でつくった映画だけあって、フィクションなのに超本物な熱い話。

私は人並みに「お笑い」が好きで、今も好きなバラエティをいくつか欠かさず見てるんですが、「お笑い界って、今いちばん競争激化してるトコのひとつだな…」と常々思います。もうホント、ありとあらゆる手を使って「売れてやろう、目立ってやろう」と日夜必死にやってるのが、素人目にもありありとわかる。(「お笑い好き」じゃない人は、AKBとかえげつない人たちを思い浮かべればちょっとわかるはず。握手会、ジャンケン、はては丸坊主になったり…)

過酷なのは、「人を笑わせるにはどうしたらいいか?」「人気が出るには何をすればいいか?」、はっきりとした答えが全くないこと。一言で言えば、「どうしたら他人が自分を気に入ってくれるのか?」がすべてですが、どうしたら自分を気に入ってくれて、何をやれば仕事の「結果」が残せるか、肝心のところは全然予想できません。結果が努力に比例しないんですね。

ところで、よくよく考えてみれば、「他人が自分を気に入ってくれているか」は、実は現在あらゆる職業の人間の出来不出来=評価に関わってきています。なぜなら日本が右肩下がりで、もはや絶対安泰な業界がなく、仕事場に不必要な人を雇う余裕がなくなってきているから。職場の「席」が減れば、どうあがいても人がどんどんあぶれてくる。そうすると、以前より能力の評価基準が厳しくなるのは当然で、「学歴」「職歴」だけでなく、「人柄」「実績」「コミュ力」「人間力」etc...すなわち「みんなに気に入られる能力」を見て優劣をつけ、必要な人・不要な人を選別するようになるワケです。

だから「どうしたら他人が自分を気に入ってくれるのか?」は、もはや「お笑い芸人」だけの問題ではなく、広く一般の我々の人生にも大きく影響するようになってきてます。つまり、「みんながお笑い芸人みたいな働き方になってきた」ということ。そこで、「どうしたら他人が自分を気に入ってくれるのか?」ということに関してはプロ中のプロ、お笑い芸人の仕事に対する「姿勢」、「コミュ力」や「人間力」等を大いに参考にさせてもらうのが得ではないか、と思うのです。

1億総芸人時代

お前なんかもう死んでいる プロ一発屋に学ぶ50の法則お前なんかもう死んでいる プロ一発屋に学ぶ50の法則 [Kindle版]
(2012/09/07)
有吉 弘行

商品詳細を見る

「みんながお笑い芸人みたいな働き方になってきた」というのはもちろん私の思いつきでなくて、実は人気芸人・有吉弘行さんが著書でおっしゃったこと。1億総芸人時代、すなわちだれもが「いつ仕事がなくなって給料ゼロになってもおかしくない」時代がきた、と宣言しています。

1億総芸人時代、この呼び方は妙にしっくりくる気がします。私は営業マンをちょっとやってましたが、営業なんて「ちょっと真面目ぶった芸人」みたいなもんです。とにかくお客さんに気に入られなきゃ全然仕事できない。嫌われたら話も聞いてくれないし、ちょっと興味を引く話やおもしろい話(おもしろいって言っても「笑える」意味だけじゃないですけど)ができなきゃ商品も売れず、上司にボコボコにされます。

公務員みたいな仕事もある、って言う人もいるかもしれませんが、公務員だって良い仕事しなきゃ役立たずと思われるに決まってます。それに、公務員ほど国のヤバい財政の影響をモロに受ける仕事もないでしょう。今後は知らない間にどんどん予算を減らされ、平均的な待遇は下降の一途のはず。身分保障もいつまで続けられるか不透明。その公務員組織のなかで何とか良いポジションに就こうと思ったら、組織内の自己評価を上げなきゃならない。そこで必要なのが「人間力」もろもろじゃないでしょうか。もはや「東大卒」でも学歴だけで一生安泰ではないはずですから、だれもが仕事で上手く立ち回る必要が出てきます。

しかし、以上のような世界は、はっきり言って非常に厳しい世界でイヤになりそうです。「気に入られる」なんて訓練の仕方もわかりませんし、どうやったら成功するのか全く読めませんから、結局「運」じゃね?みたいな風に思えます。どんなに熱心に仕事しても、成功するかどうか全然わかりませんから、今までのように「勤続40年、絶対報われる人生!」なんて夢のまた夢。

かつてなかった、ある意味とっても残酷な世界が将来やってきそうです。そこで我々は、そんな厳しい世界で生きる術を身に着ける必要があるように思います。

挫折を受け入れる術

こっからは、映画のモロネタバレなので要注意。



『ボクたちの交換日記』は、実は「夢をあきらめる」話です。

10年以上「夢」だけを信じてやってきたお笑いを辞める。こんな風に、当然夢はかなうとは限らず、むしろ夢に人生がつぶされるかもしれない人が、これからきっと増えるでしょう。(独り言ですけど、司法試験なんてクソみたいな挑戦にも重いリスクがつきまといますね)

映画では、芸人がお笑いをどうやってあきらめたか?

その答えを考えるに、「家族」がいたからあきらめられたのだと私は思いました。家族のために、ではありません。そんな風に思うのはウソです。

精一杯やってそれでも夢がかなわないとき、どんなことをしても、後悔と情けなさと、身がよじれるような絶望のような感情が、絶対にわき起こるでしょう(本気でやっているなら)。

上手く言えませんが、「あきらめる」ということは、絶望し切った後に、別の「居場所」で別の「自分」になる。そんなイメージです。「あきらめた自分」は消えないが、後悔も悲惨さも消えないが、それでも別の「居場所」で何とか生きていける。きっとあきらめた直後は満身創痍な状態でしょうが、それでも何とか生きていける。そんな「居場所」にいること。

「家庭」でも「別の職場」でもなんでも良い。とにかく「居場所」を手に入れること。これがひとつの術だろう、と私はこの映画に教えてもらった気がします。

スポンサーサイト
  1. 2013/03/09(土) 05:27:10|
  2. Movie/REVIEW
  3. | トラックバック:2

海賊マンガと反骨


ONE PIECE 69 (ジャンプコミックス)ONE PIECE 69 (ジャンプコミックス)
(2013/03/04)
尾田 栄一郎

商品詳細を見る

コミックス派ゆえ欠かさず単行本買ってまして、最新刊はローがヴェルゴをぶった斬ったトコまで。今さら話題にするのも恥ずかしい「超王道」なマンガですけど、しかしあなどれない深みがあります。

見方によっては現実社会の理不尽さを皮肉ってたり、人種差別や民族対立のような人間の「負の歴史」を再現していたり。一般的なレッテルからすれば「はみ出し者」なやつらでも、その目線から見てみると、どう考えても「世界」の方が狂っているとしか思えない。意識的にそういう話にしてるんじゃないでしょうか。

『ONE PIECE』は当然「はみ出し者」中心で話が進んでいくワケですけど、その本筋の脇に日常の「まっとう」な世界(といっても見かけの「まっとう」で、実態は理不尽なクソ世界)が描かれていて、そんなマンガの「まっとう」な世界は次のようなカンジです。

「世界政府」に属する統治者たちがいて、その下には権力の後ろ盾となる超強力な「軍隊」があり、そして「天竜人」なる貴族たち(これまた憎まれ役のお手本的キャラ)がいる。その「オモテ」の支配構造とは別に、統治者たちとウラでつながる巨悪な「大物」たちが「闇の世界」を牛耳って暗躍している。さらに、「オモテ世界」のトップである「世界政府」の起源をたどると、どうやらその権力そのものが根底から揺らぎかねない「歴史上の秘密」を隠しているらしく・・・。

と、こんな風に“一部の特権者たちが世界の「オモテ」も「ウラ」も自分に都合良く支配している”という設定がある。手元に全巻ないのでうろ覚えですが。

そんで実は現実社会も、そういう「特権者支配」になってるんじゃね?と思わせるところが深い。「特権者」が言い過ぎであれば、もっと身近に「社長」「上司」「先生」または「主人」などと呼ばれる人たちを想像してみるといいでしょう。仮に、上の人ら(=自分を上だと思い込んでる人ら)がどんなに卑怯で軽蔑すべきやつらでも、その下に就いたら基本的に文句は言えません。とってもありふれた例をあげると、「飲み会で一発芸とか一気飲みを命じられたら絶対させられる」とか、「業務に直接関係ないのに、ボス弁に言われたら事務所のトイレ掃除までさせられる」とか・・・(後者は某友人の話w)。

確かに「世界政府」に比べりゃ格段にレベルの下がる「権力」ですけども、しかしそういう何てことない「肩書」が後ろ盾でも、理不尽が十分まかり通るってことがザラにあるワケです。その上、こういうのを理不尽じゃなく、むしろ「まっとう」だと思ってる人が世間には大勢いて、理不尽な命令を断る下の人の方が「生意気だ」とか言われて、非難されることすらよくある・・・

でも、何にも関係ない「はみ出し者」から見たら、そういう世界は絶対に異常に見えるはずです。世界の「まっとう」は実は全然「まっとう」ではなく、いつかどこかでゆがめられたものかもしれない。これが「はみ出し者」視点から見てみることの面白さ。

加えて『ONE PIECE』は、そんな「まっとう」への抗い方をやって見せるのもまた深いところです。「反権力」とか、そんなキモくてアホくさくて時代おくれなことは言わない。「自分たちで勝手にやる」、基本ただそれだけ。せいぜい「反骨」というところでしょうか。しかも、それを「たのしく」やっているのが新しい。

まあ、読み方は人それぞれで「正解」なんてないんでしょうが、こんな風に勝手にいろいろ考えさせるマンガなんで、アラサーになっても読まされています。きっとこういう何らかの「深み」がないと日本一にはならないんでしょう。そして日本一売れるようなマンガは、間違いなく今の時代の本質をよくも悪くもえぐり出しているはずです。

そんなところで、「今さら語んなよwww」とか言われそうな気恥しさを感じつつ、これからも考えさせられそうです。でも、頼むからさっさとラストまで書いてくれやホント・・・

  1. 2013/03/07(木) 15:07:09|
  2. Book/REVIEW
  3. | トラックバック:0
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。