「FP弁護士」を目指す無職のブログ

法&ファイナンスで独立のライフサポートを行う「FP(ファイナンシャルプランナー)弁護士」を目指しています。

【人生でやりたいこと】(ブログ趣旨)

現時点の、これからやって行きたい仕事・実現したい志です。自己紹介の一環として。(カンタンな経歴は左記プロフご覧下さい。)
主に下記のテーマでブログを書きたいと思ってます。こんなことに興味のある方・何となく気になる方は、ブログ左側のTwitter、メールフォーム等でメッセージお待ちしてま~す。

  1. 1.お客様の現在から老後までの生活を戦略的に考える【ファイナンシャルプランナー業・個人向け】
  2. 2.お客様のあらゆるトラブルを上手に予防・解決する【弁護士業(予定)・個人向け】
  3. 3.民主主義の「アップデート版」をつくる【趣味・社会全体】
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※ これだけでは意味が分からないので、ちょっとずつ詳しくする予定です…。

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海賊マンガと反骨


ONE PIECE 69 (ジャンプコミックス)ONE PIECE 69 (ジャンプコミックス)
(2013/03/04)
尾田 栄一郎

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コミックス派ゆえ欠かさず単行本買ってまして、最新刊はローがヴェルゴをぶった斬ったトコまで。今さら話題にするのも恥ずかしい「超王道」なマンガですけど、しかしあなどれない深みがあります。

見方によっては現実社会の理不尽さを皮肉ってたり、人種差別や民族対立のような人間の「負の歴史」を再現していたり。一般的なレッテルからすれば「はみ出し者」なやつらでも、その目線から見てみると、どう考えても「世界」の方が狂っているとしか思えない。意識的にそういう話にしてるんじゃないでしょうか。

『ONE PIECE』は当然「はみ出し者」中心で話が進んでいくワケですけど、その本筋の脇に日常の「まっとう」な世界(といっても見かけの「まっとう」で、実態は理不尽なクソ世界)が描かれていて、そんなマンガの「まっとう」な世界は次のようなカンジです。

「世界政府」に属する統治者たちがいて、その下には権力の後ろ盾となる超強力な「軍隊」があり、そして「天竜人」なる貴族たち(これまた憎まれ役のお手本的キャラ)がいる。その「オモテ」の支配構造とは別に、統治者たちとウラでつながる巨悪な「大物」たちが「闇の世界」を牛耳って暗躍している。さらに、「オモテ世界」のトップである「世界政府」の起源をたどると、どうやらその権力そのものが根底から揺らぎかねない「歴史上の秘密」を隠しているらしく・・・。

と、こんな風に“一部の特権者たちが世界の「オモテ」も「ウラ」も自分に都合良く支配している”という設定がある。手元に全巻ないのでうろ覚えですが。

そんで実は現実社会も、そういう「特権者支配」になってるんじゃね?と思わせるところが深い。「特権者」が言い過ぎであれば、もっと身近に「社長」「上司」「先生」または「主人」などと呼ばれる人たちを想像してみるといいでしょう。仮に、上の人ら(=自分を上だと思い込んでる人ら)がどんなに卑怯で軽蔑すべきやつらでも、その下に就いたら基本的に文句は言えません。とってもありふれた例をあげると、「飲み会で一発芸とか一気飲みを命じられたら絶対させられる」とか、「業務に直接関係ないのに、ボス弁に言われたら事務所のトイレ掃除までさせられる」とか・・・(後者は某友人の話w)。

確かに「世界政府」に比べりゃ格段にレベルの下がる「権力」ですけども、しかしそういう何てことない「肩書」が後ろ盾でも、理不尽が十分まかり通るってことがザラにあるワケです。その上、こういうのを理不尽じゃなく、むしろ「まっとう」だと思ってる人が世間には大勢いて、理不尽な命令を断る下の人の方が「生意気だ」とか言われて、非難されることすらよくある・・・

でも、何にも関係ない「はみ出し者」から見たら、そういう世界は絶対に異常に見えるはずです。世界の「まっとう」は実は全然「まっとう」ではなく、いつかどこかでゆがめられたものかもしれない。これが「はみ出し者」視点から見てみることの面白さ。

加えて『ONE PIECE』は、そんな「まっとう」への抗い方をやって見せるのもまた深いところです。「反権力」とか、そんなキモくてアホくさくて時代おくれなことは言わない。「自分たちで勝手にやる」、基本ただそれだけ。せいぜい「反骨」というところでしょうか。しかも、それを「たのしく」やっているのが新しい。

まあ、読み方は人それぞれで「正解」なんてないんでしょうが、こんな風に勝手にいろいろ考えさせるマンガなんで、アラサーになっても読まされています。きっとこういう何らかの「深み」がないと日本一にはならないんでしょう。そして日本一売れるようなマンガは、間違いなく今の時代の本質をよくも悪くもえぐり出しているはずです。

そんなところで、「今さら語んなよwww」とか言われそうな気恥しさを感じつつ、これからも考えさせられそうです。でも、頼むからさっさとラストまで書いてくれやホント・・・

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  1. 2013/03/07(木) 15:07:09|
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  3. | トラックバック:0

[REVIEW]不可能性の時代

不可能性の時代 (岩波新書)不可能性の時代 (岩波新書)
(2008/04/22)
大澤 真幸

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VALUE:★★★★☆
★★★★★:最高の一冊=後世に残すべき
★★★★☆:スゴイ=目からウロコ
★★★☆☆:良い=一読の価値あり
★★☆☆☆:無価値=中身無し
★☆☆☆☆:有害=二度と本を書かないでほしい
 

※ 超単純化した、独断的な説明です。

本書のテーマは、終戦から現在までの「戦後日本」の時代の移り変わりです。

日本人が時代ごとにどんな生き方をしてきたか?また、今どんな生き方をしようとしているのか?
この疑問に答えてみた、という本です。

本書の内容に関して、まず人が生き方を決めるときの「基準」・「指針」について考えてみます。

かつて日本では、その基準や指針の典型的なものは「親父」でした。
これについては、今NHKでやってる『梅ちゃん先生』なんか見てると、少しはイメージできるかと思います。

「親父」が家族の生き方について、これは良い・あれは悪い、と決めるポジションに就いている。
だいたい昭和の間は、子どもは「恐い親父」の目を気にしながら怒られないようにする。
それが大人になると、「あの親父だったら、私がこんなことしたら絶対に反対するだろうな」「あの会社に就職するなら、父や家族も悪く思うまい」と自分でいろいろ考えたりして、あまり周りと不和にならないようにしながら、どう生きるかを決めたりするわけです。

あと、他にわかりやすいのは「世間」

「自分の子どもが悪さしたら、世間様に申し訳が立たない」と言って、やっぱり世間の目を気にする。
また、仕事をクビになったり離婚したりした時も、「世間体」が悪くなって非常に居心地が悪くなる。
付け加えると、「末は博士か大臣か」みたいな言葉が通用していた背景もそうです。個々人が偉いと思うがどうかは無関係に、「世間で偉いと思われてるから博士や大臣は偉いんや」といったカンジで、世間の評価で物事をみるようになる。

さらに言うと、欧米では基本的に、キリスト教の「神」が生きる指針になってますね。

熱心な信者の親に教えられる、聖書に書いてある、教会で牧師の話を聞く、そういう子どもの時からの経験で、「神様は、これは正しい・これは悪いというに違いない。じゃあ、正しいことをして、悪いことはしないようにしよう」と考える。

このように、例として挙げた「親父」「世間」そして「神」

私たちの中には、どうやらこういった「生きる指針」みたいなものがあるのではないか。これが本書のひとつのベースとなっています。

何かの指針に従って、私の行いが良いか・悪いか、判断する。
良い行いをずっと繰り返して行けば、自分はどんどん「認められた」存在になっていく。
だから、もっと「認められる」ように、疲れていようがしんどかろうが頑張り続ける。


いつもとは言いませんが、私たちは誰しも、そんな風に生きていると実感する時がないでしょうか。何かの生きる指針があり、その通りに進んでいれば「良い結果」が待っていそうだ、と考えて生きていたりするわけです。
(しかしながら日本では、昔ながらの「親父」や「世間」のチカラは今や地に落ちていますし、そもそもキリストのような絶対的な「神」も存在したことがありません。)

さて、そこで次にくる本書のテーマは、「現在、私たちはどんな指針をもって生きているのか?というか、そもそも今、そんな指針を本当にもっているのだろうか?」という疑問です。

かつては、多少なりとも“皆で共有できる”ような「生きる指針」らしきものがあった。
今はどうか?
見渡してみると、個人レベルでは多種多様な「指針」をもってはいそうです。しかし、かつてのように“皆で共有できる”ような「指針」は、今やどこにも見当たらないのではないか。そして、仮にどこにも見当たらないとすれば、①そのような「指針」がないことで何かの問題が発生しないか?②仮に問題があったら、私たちはどう対処すればいいのか?
これが本書のメインの問題意識と言えます。

では、①“皆で共有できる”ような「生きる指針」が無いことで何かの問題が発生しないか?これを考えてみましょう。

第一に、皆が共有できるような指針・誰しもが認めるような指針が無く、「まっとうな生き方」が一体何なのかわからなくなってしまったら、私たちは自分の「生き方」を自分で決めるしかありません。

こう言うと、「いや、昔から自分で自分の生き方を決めてたはずだろ?」と思う方もいるでしょう。しかし、これは単に私の直感ですが、昔は「良い学校」に入って「良い会社」に入れば一生安泰、みたいなわかりやすい「生き方」の人生モデルがあったのではないでしょうか。

もちろん、成功とみなされる「良い学校」「良い会社」への入学・入社は、誰しもが出来るものでは無かったわけですが(というか、良い学校・良い会社みたいな考えには明らかに差別的な意識が含まれているので、非常に不愉快な考え方ですが・・・)、少なくとも「目指すべきもの」はあったわけです。学生時代も社会人になってからも。

さらには、人生のモデルケースが一つでも確定していれば、その「まっとうな生き方」(もちろん今となっては幻想ですよ)をチラチラ確認しながら、「自分はまだマイホームは持てないな」「社長は無理でも部長には何とかなりたいな」とか考えられるわけです。なぜなら、確かな人生モデルがあれば、目指すべき「指針」がわかりやすいですからね。

しかし、今やそれが無い。「こうすれば無難」というような生き方の指針は、どこにも見当たらなくなってしまいました(それに気づくかどうかはさておき)。

そこで、「生き方は自分で決めるしかない!」と思い至ることになるわけですが、こうなるとまさしく自己責任の重みがずしりと私たちに圧し掛かってきます。まず、「何が良い生き方なのか」わからないのですから、どう生きたらいいのか途方に暮れたり、決められなくて悩んだりする人が多くなります。次いで、結局決められず、ただ時間だけが過ぎて行ってしまう人も増えますね。

一方で、いったん「こう生きよう!」と決めて就職したり結婚したりしたとしても、「いや、実はまだ他に自分の歩むべき道があるんじゃないか!?」「もっと素晴らしい他の生き方があるんじゃないか!?」という思いが、いつまで経っても消えなくなります。
さらには、自分が自由に決めたその結果として、不幸にも将来、「人生、失敗した・・・」と思う境遇に陥ってしまったら、それは、自己決定したがゆえにまるまる自己責任となります。悪いのは自分だとはっきりしてますから、精神的ダメージも以前に増して大きいものとなるでしょう。

つまり現在、人生のわかりやすいモデルを失ったがゆえに、生きる上でどうしても「不安」につきまとわれるようになったわけです。生き方を決めることは、他の選択肢を捨てるリスクを必ず背負うわけですから、不安になるのも至って当然と言えます。

また、人生のわかりやすいモデルの喪失により、生き方は「人それぞれ」になります。ライフスタイルや「幸せって何か?」といった価値観など、かつてないほど多様化します。共通点がないのが普通になり、個々人がどんどんバラバラになっていきます。

そうして価値観がバラバラになってくると、深刻な機能不全に陥るのが「政治」。皆の考え方がバラバラになると、当然ですが「何を正しいと考えるか」一致点を見つけることが困難になります。

このような段階に至ると、個人レベルでも社会レベルでも、どうにもし難い「閉塞感」に悩まされることになります。現代をそのような時代であると認識するのが、本書の議論の一つです。

そしてその「閉塞」から、さらに困難な問題が生じます。例えば、「何かを生み出そう」とするのではなく、「とにかく今のこのどうしようもない現実をぶっ壊そう」と考える人が増えていくということです。

「ぶっ壊そう」と考える人が増える。これは少しわかりにくいと思いますが、政治の世界でみるとよくわかります。
昨今の政治家で、稀に見る高い支持を得たのは、「小泉純一郎」「橋下徹」です。この二人は、明確に「この政策が正しい」「この政策でもっと国は良くなる」と言って、人気になったのではありません。

そうではなく、「自民党をぶっ壊す!」「大阪府庁と市役所をぶっ壊す!。これらのスローガンに私たちは熱狂したわけですよ。
この理由は、明確ですね。「何を正しいとするか」は人それぞれで支持を集められない。しかし、私たちに共通するのは「でも、現実はひどい状態だ」という思いですから、「その現実をぶっ壊して、変えましょう!」という叫びには大いにうなずくわけです。かといって、「壊してその後どうすんの?」という疑問は皆スルーしてしまうわけですが・・・。

そして、「破壊」の後も相も変わらず「閉塞感」が待っている。でも、私たちは「ぶっ壊す」と言ってる人たちにばかり引き付けられてしまいます。そこに「希望の未来」は無いのに、です。

ここまでが、①の問題です。では最後、②問題があったら、私たちはどう対処すればいいのか?

3.11という苛酷な現実、つまり圧倒的な「破壊」を経験してしまった私たちは、とうとう「とことん何かが壊れても、私たちの生活や現実は良くならない。むしろどんどん悪くなる」と知ってしまったわけです。(もちろん、それに気づかないふりをしてる人たちは、世間に大勢おりますが・・・)

そこで、どうするか?それは、もはや既存の「生きる指針」を“超えて”、「正しいと思うこと」を自己判断してやり遂げることです。

例えば、私たちが就職やバイト等で働き始めたら、まずは職場の「上司」を手本にして仕事を覚えたり、「上司」に良い評価をもらえるように仕事したりします。

しかし、そんな「上司」でも出来ない仕事を自分がしたいとき、どうすればいいか。
そのときは、もはや手本にはならないわけですから、仕事上の能力で「上司」を超えるしかありません。それまでの仕事上の経験を生かしながら、自己責任・自己判断で仕事するしかないのです。

「閉塞」を打破するために、誰かに守ってもらったり保証してもらったりすることなく、ただ現実に対応すること。本書の結論に照らすと、さしあたって私たちに出来ることはそれくらいではないでしょうか。


なお、「第三者の審級」「物語る権利」「真理への執着」「ムーゼルマン」等といった難解な用語は、速やかにスルーさせて頂きました。もちろん明示してないだけで、それらを意識してレビューしておりますが。

  1. 2012/09/02(日) 14:55:52|
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[REVIEW]グレート・ギャツビー

 
愛蔵版 グレート・ギャツビー愛蔵版 グレート・ギャツビー
(2006/11)
フランシス・スコット フィッツジェラルド、村上春樹 他

商品詳細を見る

VALUE:★★★★☆

 理念ideaは、暴力性を秘めた時の流れのなかで、いつしか見果てぬ“陶酔”となって、人を哀しいほどに感傷的にさせたり、ときには目を覆うほどに無思慮にさせたりするものなのだ。そして、その“陶酔”は、非常に無責任であったり、ときにとても哂えない滑稽さを備えていたり、どれだけ人が哀しいほどに有限であるかを知らしめたりする。
 しかし、本当にごく限られた一部の人間は、そんなどうしようもない悲哀になど無縁なのだ。

 理念というものは、一方で、劣等や欠落、喪失の感情と隣合せである。我々はまさに、「過去へと押し戻されながらも」「前へ前へと進み続けるのだ」。
 けれども、本当にごく限られた一部の人間(もちろんここではギャツビーのことだ)は、喪われた過去すらも再現できると尋常でなく信じ、強い夢想へと駆り立てられる。

誰かのことを批判したくなったときには、こう考えるようにするんだよ
世間のすべての人が、お前のように恵まれた条件を与えられたわけではないのだと


 この言葉のなかにも、実は「基本的な不誠実さ」はかくされているのだけれど、しかし、確かに「人は誰しも自分のことを、何かひとつくらいは美徳を備えた存在である」と考えるもので、それは、人によっては「特殊な社会societyに属している」ことでもあれば、「世間には正直な人間はほとんど見当たらないが、僕はその数少ないうちの一人だ」ということでもありうる。
 だから、美徳を備える、ということは、ある種の不誠実さを抱え込むことでもあるのだ。ただ、若しもそのおかげで、世の中の数限りなき酷いことについて我々が“赦し”“赦される”ことがあったとすれば、それは褒められるべきことではないのか?

 ギャツビーは、何故“Great”なのだろう。その疑問が、読み終わった後も、ずっと気に掛かっていた。
 主人公は言う。「そう―ギャツビーは最後の最後に、彼が人としてまっすぐであったことを僕に示してくれた」と。これを言い換えると、こうなるだろうか。

そう―ギャツビーは最後の最後まで、彼の、つつましくも希望に満ちた理念に向かって、まっすぐに進み続けていたのだ。たとえそれが命を差し出すことになろうとも。

 彼は最後まで、自分の最愛の人間が犯した罪を明るみに出さなかった。命を代償として。(銃を向けられたときでさえ、彼はきっと口を閉ざし続けたのであろう。)だから、「僕に何が言えよう。真相はそうじゃないとは、口が裂けても言えないのだから」としか、語りえないのだ。その暴露は、彼の理念を、まさに彼が命をかけてまで貫いた誇り高き理念を、汚すことになるのだから。

 彼は、最後までギャツビーで在り続けた。しかし、そのことを引き合いに出して他の誰かのことを批判することはできないだろう。まさしく「世間のすべての人が、“彼”のように恵まれた条件を与えられたわけではない」し、それ故に彼は“Great”なのだから。


  1. 2012/08/17(金) 05:03:37|
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